煙だけで気分が変わる。家庭用スモークガンで楽しむチーズ燻製のある暮らし

雨上がりの夜で、窓を少しだけ開けても空気がぬるくて、部屋の中の生活臭だけがいつもより正直に残っている気がした。洗い物は済ませたのにシンクの水滴が気になって、床に落ちていた髪の毛を見つけては「うわ…」って自分に引く、そういう小さな自己嫌悪が、なぜか日曜日の終わりにだけ増殖する。
スマホを置けば早く寝られるのに、置いた瞬間に取り残されるのが怖くて、画面の光を指でなぞり続ける。たぶん私は「ひとりが好き」って言い切るほど強くないし、「ひとりが寂しい」って泣けるほど素直でもない。中途半端なまま、部屋の真ん中に立っている。
煙をひとりで抱える夜——スモークリッチを買ったのは、料理じゃなくて“逃げ道”が欲しかったから
今日の小さな出来事は、夜のスーパーで、なぜか“そのまま食べられるチーズ”を真剣に選んでしまったこと。値札の前で立ち尽くして、「どうせ誰にも出さないのに」って心の中でつぶやいて、でも手は結局、ちょっといいカマンベールに伸びた。
最近、仕事の連絡が少し荒くて、言い返すほどの勇気も、黙って飲み込むほどの余裕もなくて、ずっと喉の奥に小骨が刺さっているみたいだった。帰り道、頭の中では「別に気にしてない」って顔の練習をしてるのに、玄関の鍵を開けた瞬間だけ、全部ほどける。あの瞬間の情けなさ、たぶん同世代なら「わかる…」って言ってくれると思う。
そんな気分の逃げ場として、私が最近気になっていたのが、家庭で“冷燻”ができるスモークガンタイプの燻製器「スモークリッチ」。楽天の公式ショップでは、コンパクトで自宅でもキャンプでも使える、チップ2種付きの燻製器として紹介されていて、価格は5,980円、レビューでも「チーズやサーモン、アルコール類も最高」といった声が見える。
どうしてこれが欲しかったのか、いま思うと、料理スキルを上げたいとか、丁寧な暮らしを始めたいとか、そういう“正しい理由”じゃなかった。もっとずるい理由で、気分を切り替えるスイッチが欲しかった。
火を使わない(もしくは加熱を最小限にして香りだけをつける)冷燻って、「ちゃんとした手間」をかけた感じがするのに、実際は数分でも成立する。短い時間で香りがつく、という口コミが多いのも、私みたいなせっかちには都合がいい。
ひとりの“映え”は、誰に向けてるんだろう
家に着いて、買ってきたチーズを皿に乗せた時点で、もう少しだけテンションが上がった。ここで終われば普通の夜ごはん、なのに私はわざわざ、ガラス容器を出して、キッチンの隅を片づけて、スモークリッチをテーブルに置いた。
誰にも見せないのに、なぜか「写真撮れるかな」って一瞬考えてしまったのが、今日いちばん誰にも言えなかった本音。
SNSって、投稿しない日でも、私の頭の中に居座っている。誰にも見せないはずの部屋で、誰かの視線を想像して、ちょっと背筋が伸びる。こういうの、地味に疲れるのに、やめられない。
スモークリッチは、煙を容器の中に流し込むタイプだから、食材を“燻す”というより“香りをまとわせる”感覚に近い。レビューにも「短時間でもしっかり香りが付く」「チーズやナッツが一気にお店の味になる」みたいな言葉が並んでいて、期待が膨らむ。
そして、チップの種類で香りが変わるのも面白い。一般的にスモークチップはサクラ、ヒッコリー、リンゴ…などで香りの強さや相性が違って、食材で選べるらしい。
私が最初に選んだのは、クセが少なそうな“ブナ系”の香り(お店のレビューでもブナの優しい香りが良かった、という声があった)。
チップを少し入れて、スイッチを入れて、容器の中に煙が溜まっていくのを見ている時間だけ、なぜか頭の中のノイズが薄くなる。スマホの通知じゃなくて、目の前の煙の動きに集中するのが、思ったより救いだった。
燻製の“待ち時間”が、私の気持ちの温度を下げた

煙って、急がない。こっちが急いでも、ふわっと広がって、ちゃんと器の中に溜まっていく。
この「待つ」っていう行為が、今日の私には効いた。
仕事のこと、人間関係のことって、だいたい“即レス”と“即正解”が求められるじゃないですか。返信が遅いと不安になるし、答えが出ないと焦る。だけど、燻製は焦っても意味がなくて、ちょっと待って、香りが移るのを待って、それで完成する。
私はその数分の間に、今日飲み込んだ言葉を思い出していた。
あのチャットの冷たい一言、あの絵文字のない返事、あの「で、結局どうするの?」って言い方。
本当は「それ、今言う?」って言いたかったし、「私だって頑張ってる」って言いたかった。
でも言えなかった。言ったら、面倒な人扱いされる気がして。そういう計算をする自分も、正直ちょっと嫌い。
煙が満ちて、チーズを取り出して口に入れたら、驚くほど“それっぽい”。香りだけで、いつものチーズが別物になって、たったそれだけのことで、私は少しだけ呼吸が深くなった。
「自分の機嫌を取る」って、よく聞く言葉だけど、私の場合それは、前向きな自己肯定じゃなくて、ただの現実逃避に近い。
でも、逃げ道があるって、悪いことばかりじゃないのかもしれない。
スモークリッチは、公式ショップのレビューでも「燻製している間は仕上がりを楽しみに待つ“豊かな時間”になった」という声があって、まさにそれだと思った。
私の部屋の中にも、ほんの少しだけ“豊かな時間”が落ちてきた。
ちなみに、こういうスモークガン系を室内で使うなら、私は「やるなら最初から換気を諦めない」を自分に言い聞かせた。窓を少し開けて、換気扇を回して、煙を容器の中に閉じ込める。
スモークチップの量って、初心者ほど入れすぎがちだけど、一般的には“ひと握り(10g程度)”が目安で、熱をかけて煙が出たら火力を調整する、という説明を見て、私は小さじでちょっとずつ入れてみた。
「足りなかったら足す」でいいのに、私はいつも最初から満点を狙う癖があるから、こういうところで練習する。
あと、燻製って“後片付けが面倒そう”って勝手に思っていたけど、煙の通り道さえ拭けば案外どうにかなる。
それでも手が止まったのは、拭きながらふと「この丁寧さ、誰のため?」って思ってしまったから。
別に誰も評価しないのに、私は自分の生活を採点し続けている。洗濯物を畳むスピード、部屋の匂い、冷蔵庫の中身、メイクの手抜き具合、LINEの返事の温度。
今日の私は、その採点表を、煙で一回だけ曇らせた。たった数分、白黒をやめた。
それが、意外と気持ちいい。
“ひとりで楽しむ贅沢”に、まだ慣れていない私
ただ、ここで終わらないのが、私の面倒くさいところ。
美味しいのに、どこかで「これ、誰かと食べたらもっと美味しいやつだよね」って思ってしまった。
そしてその瞬間に、ひとりで楽しんでいる自分が急に滑稽に見えて、ちょっとだけ恥ずかしくなる。誰も見てないのに。
だけど、今日はそこで無理に「ひとり最高!」って言い切らなかった。言い切れない自分を、ちゃんとそのまま置いておいた。
“慣れていない”って感覚が、今日の小さな気づきだった。
「ひとりで贅沢するのって、慣れるまでちょっと照れる」——この感覚を、私はずっと見ないふりしてきた気がする。
でも見ないふりを続けるほど、日常はどんどん薄味になっていく。
薄味になっていくのが怖いから、私は今日、煙で味を足したのかもしれない。
私はまだ、ひとりでごはんをアップグレードすることに慣れていない。
たぶん、誰かと暮らす未来を諦めてないからでもあるし、逆に、誰かと暮らす未来が具体的じゃないからでもある。中途半端な期待と、中途半端な現実が、私の中で同居してる。
でも、スモークリッチみたいに、数分で香りを足せる道具があると、「今日の私、これくらいはしていい」って許可が出せる。
それは“自分を大切にしよう”みたいな綺麗な話じゃなくて、もっと生活寄りの、もっと即物的な許可。
お風呂に入る前に、洗濯物を畳む前に、まずチーズを燻す。順番が変でもいい。丁寧じゃなくていい。私の部屋のルールは、私が決めていい。
そういえば、スモークリッチは「チップ2種付き」で始めやすい、と公式ショップでも書かれていたし、持ち運びできるサイズ感でキャンプでも使えるらしい。
もし今後、誰かと家飲みする日が来たら、そのとき私はこの煙を、ちゃんと人に分けられるのかな。
分けたいのか、分けたくないのか、まだ自分でもよく分からないけど。
今夜、部屋に残ったうっすらしたスモークの匂いは、消臭スプレーで消せる程度のものだった。だけど、私の心の中の小骨は、まだ刺さったまま。
それでも、刺さったままでも過ごせる夜がある、ってことを知れたのは、今日のささやかな変化かもしれない。
明日になったら、また返信の速度に追われて、また“正解っぽい顔”を作ると思う。
それでも、夜に帰ってきたら、煙を閉じ込める小さな容器がここにある。
ねえ、あなたの部屋にも、こういう“数分で気持ちの温度を下げる道具”って、何かありますか。





