金曜の夜、誰とも会わないのにちょっと幸せ。ひとり暮らし女子が家に帰りたくなる本当の理由

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やる気のある女性
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31歳独身のリアル。金曜日の夜、家がいちばんテンションの上がる場所になっていた話

くつろぐ女性

金曜日の夜って、昔はもっと“外向き”のものだった気がする。
一週間ちゃんと働いたごほうびみたいに、少しだけ明るい服を着て、普段よりちゃんと前髪を整えて、誰かとごはんに行ったり、お酒を飲んだり、なんとなく未来につながりそうな場所へ出かけていくための時間だった。

でも今日、仕事帰りに駅を出た瞬間、湿った夜風にあたりながら最初に思ったのは、「寄り道したい」でも「誰かに会いたい」でもなく、「早く家の電気つけたい」だった。

その感情があまりにも自然すぎて、自分で少しだけ笑ってしまった。
“金曜の夜に家に帰りたいなんて、ちょっと寂しいかな”みたいな考えすら浮かばないくらい、今日は家に帰ることが楽しみだった。


冷蔵庫に昨日の残りのスープがあること、洗いたての部屋着があること、テーブルの上に読みかけの本を開きっぱなしにしてきたこと、その全部が、ちょっとした予定よりよほど魅力的だった。

たぶん今日の記事で書きたいのは、「ひとり時間って大事だよね」みたいな、もう何度も聞いたことのある話ではない。
それよりもっと細くて、でも意外と見逃せない変化のこと。


私は最近、“家が好きになった”というより、“外でちゃんと楽しそうにする体力が減った”のかもしれない、と思っていた。
でも今日、ようやく少し違うのかもしれないと気づいた。

それは、家が「逃げる場所」から「自分の機嫌がいちばん自然に戻る場所」に変わっていた、ということだ。

帰り道、スマホに友達からメッセージが入った。
「今日、軽く飲まない?」
そのあと少しして、別の友達から「来週合コンあるけど来る?」という通知も来た。
前なら、どちらにも少し心が揺れていたと思う。


金曜日に予定がある自分のほうがちゃんとして見えるし、合コンなんて言葉がまだ“何か起きるかもしれない側の人間”に自分を置いてくれる感じがして、ちょっと安心できたから。

でも今日は、通知を見たあとに立ち止まることすらなく、そのままスーパーで豆腐とカットねぎと小さいプリンを買って帰った。
今日実際に起きた小さな出来事なんて、本当にその程度だ。
改札を出て、スーパーに寄って、ひとり分の食材とデザートを買って帰っただけ。
なのに、その“だけ”の中に、前とは少し違う気持ちが確かにあった。

家に着いて、玄関で靴を脱いだ瞬間の、あのどうしようもない安心感。
バッグを床に置いて、髪をひとつに結び直して、コンロの前に立って、お味噌汁みたいなものを適当に作る。
湯気の匂いと、静かな部屋と、誰にも見られていない顔。
ああ、今日の私は、この時間をちゃんと楽しみにしていたんだなと思った。

予定がないことより、“予定がある自分”を演じなくていいことがラクになった

昔は、金曜日の夜に家にいる自分に、どこか説明が必要だった。
疲れてたから。
今週忙しかったから。
節約したいから。


また今度のほうがいい気がしたから。
そんなふうに、自分に対しても言い訳をつけていた気がする。

ただ家に帰りたいだけ、という理由は、なぜか少し弱かった。
社会人としても、独身女性としても、まだまだ人生を動かしていく年齢の人間としても、金曜日の夜をそんなふうに使うのはもったいないんじゃないか、という空気を自分の中に勝手に作っていたのかもしれない。

飲み会が疲れるのは、別に人が嫌いだからじゃない。
合コンで気を使うのも、会話が苦手だからじゃない。


ちゃんと笑うこともできるし、場に合わせて話題を回すことも、相手の話にリアクションをすることも、一応できる。
たぶん、できてしまうから疲れるのだと思う。

楽しくないわけじゃないのに、帰るころにはどっと消耗している。
自分の話し方は変じゃなかったかとか、愛想よくしすぎたかもしれないとか、逆に冷たく見えなかったかなとか、誰にも頼まれていない反省会が頭の中で始まる。


そのくせ、帰宅してメイクを落とした頃には、「で、私は本当は今日どうしたかったんだっけ」とわからなくなる。

その感じに、最近ようやく名前をつけられるようになった。
私は“人付き合いに疲れている”というより、“必要以上に感じよく振る舞う自分”に疲れていたのだと思う。

これって、意外と今までちゃんと書いてこなかった感情かもしれない。
ひとりが好き、家が好き、静かな時間が落ち着く、みたいな話はできても、外にいるときの自分が少しずつ“接客モード”になってしまって、それが地味に体力を削る、という話は、なんだか細かすぎる気がして言葉にしづらかった。


でも今日の私は、その小さな疲れをすごくはっきり感じていた。

金曜の夜、外に出る元気はないのに、誰かと比べてしまう気持ちだけは妙に元気な日って、ある。わかる…。

家が好きになったのは、諦めたからじゃなく、ちゃんと回復できる場所になったから

正直に言うと、少し前までは、家が好きになった自分に対して、ほんの少しだけ負けたような気持ちがあった。


20代のころに想像していた31歳は、もっと軽やかに金曜の夜を楽しんでいるはずだったから。
仕事終わりに人と会うことも、ちょっといいお店に行くことも、新しい出会いに期待することも、もう少し上手にやれていると思っていた。

でも実際の私は、家に帰って照明をつけて、お湯を沸かして、好きなカップにお茶を入れて、外で履いていた硬い靴を脱いで、ようやく“自分の顔”に戻る。
そして、その時間にちゃんと救われている。

今日、スーパーで買った小さいプリンを冷蔵庫から出して、わざわざお皿に移して食べた。
本当にどうでもいいようなことだけれど、コンビニやスーパーのデザートをそのまま食べずに、一回お皿に出すと、家の時間が少しだけ丁寧になる。


その瞬間ふっと、「あ、私はこのために帰ってきたかったんだ」と思った。

誰かに見せるためでも、SNSに上げるためでもなく、自分の疲れた一日の最後を、ちょっとだけ気持ちよく終わらせるための段取り。


それって地味だけど、ものすごく生活の実感がある。
派手な予定がなくても、自分の夜を自分で整えられることのほうが、今の私にはずっと大きい。

ここでひとつ、小さな学びらしいものを書くなら、金曜の夜に家が最高だと思うようになったのは、消極的になったからではなく、“回復に必要なものがわかってきたから”なのかもしれない、ということだ。

若い頃って、元気があるから無理がきく。
多少気を使っても、寝れば戻る。
少し頑張って誰かと過ごしても、次の日また別の楽しみを見つけられる。


でも30代に入ってからは、心が削れたあとの回復に、思ったより時間がかかる。
だからこそ、どこで減って、どこで戻るかを、自分で知っておくことがすごく大事になる。

家で過ごす金曜日は、華やかではない。
たぶん人に話すと、“それで満足なの?”と思われることもある。


でも、満足というより、“ようやく余計な消耗の少ない夜を選べるようになった”という感覚に近い。
そこにはちょっとした安心もあるし、少しだけ寂しさもある。
だって、外の世界に対して前ほど期待していない自分にも気づくから。

「家が好き」は完成じゃなくて、変化の途中にある感情なのかもしれない

女性

ここで終わりにすると、ただの“おうち時間最高”の話になってしまいそうだから、もう少し本音を書く。
家がいちばん落ち着くようになった自分を、私は完全には美談にできない。
だって、ときどきちゃんと寂しいから。

飲み会に行けば疲れる。
合コンに行けば気を使う。
家は最高。
この三択だけ見ると、もう答えは出ているように見える。


でも本当は、家が最高だと思う夜の中にも、「このままでいいのかな」が少し混ざっている。
誰にも言わなかった本音を言うなら、今日友達からのメッセージを断ったあと、一瞬だけ、「こうやって私は、出会いとか、可能性とか、そういう言葉から少しずつ離れていくのかな」と思った。

ほんの一瞬だけ。
でも、その一瞬があったから、今日の気持ちはただの平和な夜では終わらなかった。

たぶん今の私は、“外に出たい自分”が消えたわけではない。
ただ、“無理してまで外に出る理由”が前より弱くなった。


それは成長なのか、諦めなのか、少し守りに入っているのか、自分でもまだよくわからない。
でも、わからないままでもいいか、と思えたのが今日の小さな変化だった。

前は、どんな感情にもすぐ結論を出したくなっていた。
家が好きなら、ひとり時間を充実させればいい。
出会いがほしいなら、ちゃんと行動しなきゃ。


疲れるなら、自分を変えなきゃ。
そんなふうに整理したくなるけれど、人の気持ちって、もっと雑然としている。
家が最高だと思いながら、少し不安にもなる。


人に会うのは面倒なのに、誰にも会わない未来はそれはそれで怖い。
ひとりの夜に救われながら、ひとりでいることに慣れすぎたくないとも思う。

その矛盾を、今日は無理に片付けないことにした。
お味噌汁を飲んで、プリンを食べて、ソファに座って、スマホを裏返して置いて、ただ静かな部屋にいる。
それだけで十分な夜もあるし、それだけでは足りなくなる夜も、たぶんまた来る。
でも少なくとも今日の私は、家に帰りたかった。
そして帰ってきてよかった、とちゃんと思えた。

金曜日の夜に家がいちばんテンション上がる場所になっていたことは、少し前の私なら認めたくなかったかもしれない。


でも今は、その変化を雑に“老けた”とか“守りに入った”とか決めつけたくない。
家が好きになるって、単に出不精になったというより、自分が安心してほどけられる場所をちゃんと持てるようになった、ということでもあるから。

それに、部屋のドアを閉めた瞬間に心拍数が少し下がるみたいな安心感って、案外ばかにできない。
誰かに選ばれるためでも、場を盛り上げるためでもなく、自分を回復させるために夜を使う。
31歳の金曜日としては、わりと悪くない気がしている。

もちろん、来週は急に人恋しくなって、誰かを誘って外でごはんを食べたくなるかもしれない。
また新しい服を着て、少しだけ期待して街に出る日もあると思う。
でも、そういう日があることと、家がいちばん好きな日があることは、たぶん矛盾しない。

家が好きになった自分は、終わりじゃなくて、ただ変わってきた途中の自分なんだと思う。
金曜日の夜をどう過ごすかで、その人の人生が決まるわけじゃない。
それでも、何にいちばんホッとするかには、その時期の本音がちゃんと出る。

あなたにとって、今いちばんテンションが上がる場所は、どこですか。
その答えが少し前と変わっていたとしても、案外それは、悪いことじゃないのかもしれません。

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