夜のキッチンで気づいた、犬のごはんを切らした日の私とアランズナチュラルドッグフードの距離感

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アランズナチュラルドッグフードの袋を閉じる音が、やけに大きく聞こえた夜

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夜のキッチンは、昼間よりも音がよく響く。冷蔵庫のモーター音、電気ケトルのスイッチ、床に落ちた小さな粒がカツンと跳ねる音。外は風が強くて、窓の隙間が「ここにいるよ」とでも言うみたいに鳴っていた。


帰宅してすぐは、仕事のメールが頭の中でまだチカチカしていて、靴下の片方だけ脱いだまま、ぼーっと愛犬のお皿を洗っていた。きちんと暮らしたいのに、きちんとする気力が今日に限ってすっからかん。そういう日ってある。

今日は、アランズナチュラルドッグフードの袋が、ほぼ空っぽになった。
「残り、こんなもんか」と思って持ち上げたら軽すぎて、胃の奥がひゅっと縮む。2kgの袋って、ある時は重くて邪魔で、ある時は一瞬で消える。私はその矛盾みたいなものに、なぜか腹が立った。

コンビニへ向かう道、マンションのエントランスのガラスに映った自分が、妙に疲れて見えた。髪は結べているのに、顔だけが「今日はもう店じまいです」って言ってる。
それでも私は、犬のリードを持つときだけは無意識に背筋が伸びる。たぶん私、誰かに見られてると思ってる。犬の散歩って、近所の人の目がある。


「いい飼い主ですね」なんて言われたことはないのに、勝手に“評価”を想像して、勝手に緊張する。自意識が過剰なだけなんだけど、それが30歳の一人暮らしの孤独とセットでやってくる日もある。

棚の前で手に取ったフードのパッケージは、カラフルで、説明が多くて、やたら元気だった。
元気すぎるパッケージを見ると、こっちの気力のなさが際立つ。私は「今日はこれでいい」と思いながら、「今日はこれしかない」とも思っていて、その差がちょっと苦しかった。

家に戻って袋を閉じたあと、私は流し台の前でしばらく動けなかった。
フードを切らしたこと自体よりも、「切らした自分」を責めるクセのほうが厄介で、放っておくと一晩中、脳内で反省会が始まる。
仕事のミスなら、明日の朝にリカバリーできる。でも、犬のごはんは“今日”で、しかも相手はしゃべらない。だから余計に怖い。

アランズはラム肉を主原料にしたグレインフリーで、原材料を9種類にしぼったレシピだと公式が書いている。ラムは全体の40%で、HDP生ラム肉や乾燥ラム肉、ラムオイル、ラムグレイビーが入っていて、サツマイモ、豆類、野菜、亜麻仁、エンドウ豆繊維、ビール酵母…という、いかにも「余計なものは入れません」な顔ぶれ。原産国はイギリスで、100gあたり341kcal、たんぱく質は19.25%以上。こういう数字と文言を見ると、私は少し安心する。たぶん、安心したいから見てる。

それと、ちょっと現実的な話をすると、アランズは「毎日どれくらい食べるか」がわかってくると、減るスピードが読めるようで読めない。
2kgって、数字だけ見るとたっぷりに見えるのに、スプーンですくうと案外あっさり減っていく。しかも冬は運動量が増える日もあって、食べる量が微妙に変わる。
“微妙”が積み重なると、最後にズレがドンと来る。今日の私がそのズレにやられた。

そしてもうひとつ、私がアランズを続けてきた理由は、触ったときの感触がベタつきにくいところだったりする。
仕事から帰って手を洗うのも面倒な夜、指先に油が残るフードだと、それだけで「今日はもう無理」になる。小さな抵抗だけど、私にとっては大事。
レビューで「オイルコーティングがされていないので触ってもベタつかない」と書かれていたのを読んだとき、すごく腑に落ちた。私、味より先に“触感”で救われてたのかもしれない。

でも、安心したいのに——袋の底を指で探った瞬間、指先に残ったのは数粒のカラカラした感触だけで、私はいきなり現実に戻された。
「え、今日の分どうする?」って。

いつも通りにできないとき、私の中に出てくる“変な焦り”

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本当は、フードのストック管理くらい、スマートにやりたい。
カレンダーに書くとか、残量が半分になったら注文するとか、なんならサブスクで切らさないとか。SNSにいる“暮らしが整ってる人”なら、きっと当たり前にやってること。私は、できたりできなかったりする。

今日の私は、できなかった側だった。

棚の奥を探しても、予備の袋はない。注文履歴を見ようにも、スマホを開いた瞬間、別の通知が目に入って、気持ちが散っていく。洗面所に置きっぱなしの化粧水のキャップみたいに、私の集中力はよく転がる。
それで結局、私はコンビニへ走ることになった。夜のコンビニのペットフード棚って、やさしいようでやさしくない。選択肢が少ない。しかも「今日だけの代替」っていう言い訳を自分に許すと、急にどれも同じに見えてくる。

その場でふっと浮かんだ、誰にも言わなかった本音がある。
——「もう、めんどくさい。たった一日くらい適当でもいいじゃん」って。

言葉にすると乱暴で、自分でも引く。でも、私はその乱暴さを抱えたまま生きてる。
そして、ここが今日の一番いやなところなんだけど、その本音のすぐ隣に、別の声も同時に出てきた。

——「私が適当にしたら、この子が困る」って。

当たり前のことなのに、当たり前すぎて、責任みたいに重い。

家に帰って、結局アランズの残りをかき集めて、急場しのぎのフードを少し混ぜた。
食いつきは悪くない。むしろ、いつもより早い。安心したい私は「ほらね、大丈夫」と言いかけて、飲み込んだ。大丈夫かどうかは、たぶん今日じゃわからない。

「良いものを選ぶ」って、優しさじゃなくて“コントロール”なのかもしれない

アランズを最初に選んだ理由は、わりと正当だったと思う。
原材料がシンプルで、ラム主体で、穀物不使用。公式は「厳選した9種類の原材料」と言っていて、いろいろ入ってないことが魅力として語られている。
実際、香りが独特(ハーブっぽい、草に近い匂い)で好みが分かれる、という声も見かけた。

でも、今日コンビニで棚を前にして思ったのは、私は「良いものを選ぶ自分」でいたいだけなんじゃないか、ってことだった。
犬のため、って顔をしながら、本当は“選ぶ私”のほうを整えたかったのかもしれない。

仕事でも、将来でも、人間関係でも、私はいつも少し焦ってる。
「間違えたくない」って焦り。
間違えると、取り返しがつかないような気がする焦り。

だから、せめて愛犬のごはんだけは、ちゃんとしたものを選びたい。
そこに“正解”があれば、私の生活も少し正解になる気がして。

……こう書くと、ほんとに自分が面倒くさい。
でも、わかる人、いると思う。
自分のことは雑にできるのに、誰かのことになると急に「ちゃんとしなきゃ」が暴走する感じ。わかる…。

ただ、今日気づいたのは、その「ちゃんと」は優しさだけじゃなくて、私の不安をコントロールするためのスイッチでもある、ということ。
だからスイッチが入ると、切れたときの反動が大きい。今日みたいに。

それでも続けたいのは、フードの“正解”じゃなくて、向き合う習慣だった

愛犬

家に戻って、袋の口を閉じる。ジッパーの音が、やけに大きく聞こえた。
残り少ないアランズと、応急処置のフード。並べたお皿を見て、私はちょっとだけ恥ずかしくなった。飼い主としての点数が下がった気がして。誰も採点してないのに。

でも、ここで今日だけの小さな気づきがあった。
私は「ちゃんと選ぶ」ことに必死で、「ちゃんと見てる」ことを、少しサボっていたのかもしれない。

たとえば、アランズの成分表にあるたんぱく質や脂質の数字を見るのは得意なのに、最近のうんちの硬さや、食後の水の飲み方、散歩のテンションの微妙な上下を、私は“ながら”でしか見ていなかった。
良いフードを買ったことで、観察の責任まで買った気になっていた。自分に都合のいい錯覚。

今日、袋が空になりかけて、慌てて、焦って、ちょっと投げやりになって。
その一連が、逆に私を現実に戻してくれた。

フード選びって、たぶん一発の正解じゃなくて、揺れながら続ける作業なんだと思う。
愛犬の体調も、季節も、年齢も、そして私の生活も、ずっと同じじゃない。アランズが合う日もあれば、別の工夫が必要な日もある。
「切らさないように管理する」より先に、「切らしそうな自分」を早めに察知するほうが、私には向いてる気がした。疲れてるときの私は、だいたい管理が崩れるから。

それに、アランズみたいに素材をしぼったフードは、合う子にはすごくシンプルでありがたいけど、香りが独特で好みが分かれる、という話もある。
だからこそ、“合う/合わない”を決めるのは、私の理想じゃなくて、この子の反応なんだ、と改めて思った。

今日のささやかな変化は、たぶんここ。
私は「良いものを選び続ける私」でいたい気持ちを、少しだけ横に置けそうになった。
その代わりに、「今日のこの子をちゃんと見る」を、明日もやってみようと思った。

完璧なストック管理は、たぶん私には難しい。
でも、空っぽの袋を持ち上げて胃が縮むあの感覚を、次は“早めのサイン”として使えたらいい。自分を責めるためじゃなくて、気づくために。

さて、あなたの生活にも「切らしたくないのに、切らしそうになるもの」ってありますか。
それは、物ですか、それとも気力ですか。
私は今日、袋の底に残った数粒を見ながら、どっちも同じ顔をしてる気がしました。

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