若いのに何もできてないと感じる日に|未来が怖い人のための心の整理

朝の空気がまだ冷たくて、駅までの道で息を吸うたびに鼻の奥がツンとした。コートのポケットの中で指がスマホを握りしめていて、画面は見ていないのに、通知の振動だけが「今日も始まるよ」と先に言いに来る。
部屋を出る直前、流し台に昨夜のマグカップが残っているのを見て見ぬふりしたのも、こういう日には小さな罪悪感として尾を引く。丁寧に暮らすとか、ちゃんとするって、たぶん毎日やるのは無理で、私はいまだに「頑張る日の自分」と「だらける日の自分」を交代制で回している。
今日の小さな出来事は、仕事で送ったメールの宛先を間違えたことだった。社内のちょっと偉い人に送る予定の確認が、別部署のグループに飛んでしまって、送信ボタンを押した瞬間に心臓だけが先に気づいて、体が置いていかれる感じ。画面を見つめたまま固まって、指先が冷えて、頭の中で「終わった」が繰り返し再生された。
「若いから」で許される瞬間、ちょっと苦い
すぐに上司に報告して、慌てて訂正して、胃のあたりがずっと重いまま席に戻ったら、先輩が笑って言った。「大丈夫大丈夫、まだ若いんだし。そういうのは経験だよ」。
ありがたい言葉のはずなのに、胸の奥で小さく引っかかったのは、たぶんその“まだ”の部分だった。まだ若い、つまりそのうち若くなくなる。若い間は失敗しても許される、でもそれは、失敗を「あなたの年齢のせい」にして片づけられる、ってことでもある。
誰にも言わなかった本音は、「若いって言葉で、私の焦りまで軽くしないでほしい」だった。もちろん先輩は悪くないし、私を守ってくれているのもわかる。
でも私は、間違えたのが恥ずかしいというより、「自分の詰めの甘さ」が見透かされた気がしていた。そこに年齢のラベルを貼られると、反省の行き先がふわっとぼやけてしまう。許されたのに、ちゃんと叱られたかったみたいな、変な気持ちになる。
“若さはチート”って、きっとこういうときのことを言うのだと思う。
回復が早いとか、体力があるとか、可能性があるとか、そういう分かりやすい話だけじゃなくて、「まだ失敗できる」っていう、社会から与えられる無敵時間みたいなもの。あの人は若いから、で済まされる。逆に言うと、若くないと、その一言はもらえない。
そのチート、私が一番使っていないところ
昼休み、コンビニで温かいスープを買って、窓際の席に座った。湯気が立つ紙カップを両手で包むと、指先が少し生き返る。隣の席では、同じくらいの歳の女性が、イヤホンを片耳だけにして資料を読んでいて、眉間にうっすら力が入っている。私も似た顔をしているんだろうな、と思った。
ふと、「若さは最大のチートスキル」って、誰かが軽く言っていたのを思い出した。正直、今の私は“若さ”を武器みたいに扱ったことがない。
若いから突っ込める、若いから挑戦できる、若いから夜更かししても平気、みたいな話に乗り遅れたまま、気づけば毎日を無難にこなしている。体力だって、無限ではない。週末は回復に使ってしまうし、平日の夜は「何かを始める」より「何も考えない」を選びがちだ。
そして、ここも誰にも言わなかった本音。私はたぶん、「若いのに何もできていない」って思われるのが怖い。若さを“使い切れていない”自分が恥ずかしい。
だから、あえてチートを使わないふりをして、普通に生きているふりをしているのかもしれない。わかる…って、こういう、誰に責められてもいないのに勝手に自分を責めてしまう感じ。
若さがあると、始めることに対して周囲の期待が勝手に乗っかってくる。「今のうちに」「まだ間に合う」「若いんだから」。それって背中を押す言葉でもあるけど、同時に、期限付きのスタンプみたいにも聞こえる。だから私は、押される前に自分でブレーキを踏んでしまう。いまのままで十分忙しいし、疲れてるし、って言い訳を用意して、未来の自分への宿題を先送りする。
若さがなくなる前に、私が欲しかったのは“雑さの許可”だった
夕方の帰り道、電車のドア近くで立っていたら、向かいの席に座る女性が、小さなノートに英単語を書いていた。年齢は分からないけれど、私より少し上かもしれない。
丁寧な字で、同じ単語を何回も繰り返し書いて、たまに消しゴムで消して、また書いていた。たぶん誰に見せるでもない努力。あの姿を見て、胸の奥が少しだけ熱くなった。
私はずっと、「若さ=新しいことを始める権利」だと思っていた。でも今日気づいたのは、若さってむしろ「雑に始めても許される権利」なのかもしれない、ということ。
最初から上手くやらなくてもいい、途中で方向転換してもいい、失敗しても人生が詰まない、っていう許可証。若いから許される、の裏側には、若いなら試していい、がある。
ただ、許可証は持っているだけじゃ意味がない。私は今日、メールを間違えて、許されて、でもどこかで「許される枠に入ること」を嫌がっていた。プライドなのか、焦りなのか、説明しづらい違和感。
でもその違和感があるってことは、私はもう、「若さがあるからこそできる雑さ」を、ちゃんと欲しがっているんだと思う。
家に帰って、玄関で靴を脱ぎながら、今日のミスを思い出した。反省はもちろんする。でも、必要以上に自分を削らないように、スマホのメモに一行だけ書いた。「今日はミスした。
次は宛先を二回見る。以上」。それだけ。反省文を長くしない。自分を罰する文章を書かない。これが今日の、ささやかな変化だった。
若さは最大のチートスキル、って言い切られると、なんだか焦るし、置いていかれそうになる。でも本当は、チートって“ズルさ”じゃなくて、“やり直しボタンが多い”ってことなのかもしれない。今日の私は、そのボタンを一回だけ押してみた。大げさじゃなくて、生活の中で、ほんの少しだけ。
あなたは最近、「まだ大丈夫」って言葉に、救われた? それとも、ちょっと傷ついた?
◆>>美しくなるためのサプリメント SNS話題沸騰中の【グラミープラス】はこちら




