誰にも会わない日のスウェットが、気持ちまでくたびれて見えた朝の話

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くつろぐ女性
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冬の部屋着が一気に老ける問題

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今朝、窓の外はまだ薄いグレーで、カーテンのすき間から入ってくる光も「起きて」じゃなくて「まあ…起きる?」みたいなテンションだった。暖房のスイッチを入れる前に、指先だけが先に冷えて、スマホの画面を触るたびに静電気がパチッと小さく鳴る。


こういう季節、服を選ぶ前にまず“生き延びる”が来るから、私は迷いなく例の部屋着を引っ張り出す。くたっとした薄いグレーのスウェット上下。膝はちょっと出ていて、袖口は少しよれて、毛玉は「冬の星座かな?」ってくらい点在してる。あったかい。楽。だけど、鏡に映ると一気に年齢が飛ぶ。いや、年齢というより、生活そのものが急に古びる。

今日の小さな出来事は、ゴミ捨て。燃えるゴミの日って、なぜか私の中で“社会との接続テスト”みたいな位置づけになっていて、寝起きの頭のまま外に出ると、たった数分のはずなのに、帰ってきたときの心がちょっと疲れている。
玄関を出て、エレベーターに乗って、扉が閉まった瞬間、正面の鏡に自分が映った。そこで私は、思った。

「…うわ、私、今日いちにちこの人で過ごすの?」

誰にも言わなかった本音。たぶん、ちょっとだけ怖かった。老けたからじゃなくて、「雑に扱われてる感」が、私自身から出てたから。

“見られない前提”が、いちばん老ける

冬の部屋着が老けて見える理由って、もちろん色や形もあると思う。実際、ルームウェアでもだらしなく見えやすい組み合わせとして「薄いグレー×スウェット」は避けるといい、みたいな話はよく見かけるし、裾がすぼまったスウェットや淡いグレーはパジャマっぽさを強調しやすい、という指摘もあった。
でも、今日の私は、そういう“テク”より前に、もっと根っこがあるなって思ってしまった。

部屋着って、誰に見せるものでもない。だからこそ「どうでもいい」が入り込みやすい。
その「どうでもいい」が、いつの間にか、“私の扱い”にまで染みてくる。

私、ここ最近ずっと、部屋着を「人に会わない前提」で選んでた。コンビニも、郵便受けも、ゴミ捨ても、全部“会わない運”に賭けてた。
会ったら会ったで、軽く会釈して終わりだし、別に誰も私のスウェットの毛玉なんて見てない。
……そう思ってるのに、鏡に映った瞬間だけ、やけにダメージを受ける。

わかる…。人の目じゃなくて、自分の目がいちばん厳しいとき、ある。

エレベーターの鏡って、なんであんなに容赦ないんだろう。家の姿見は、照明が柔らかいから多少ごまかしてくれるのに、あの鏡だけは「今のあなたの解像度、これです」って突きつけてくる。
私はそこで、部屋着が老けるときの“もうひとつの正体”を見た気がした。

それは、「誰かに見られて恥ずかしい」じゃなくて、「自分が自分に手を抜いてるのがバレる」恥ずかしさ。
しかも冬って、黒タイツとかコートとかマフラーとか、外用のアイテムはわりと“盛れる”のに、部屋の中は一気に無防備になるから、その落差が余計にしんどい。

そしてもうひとつ、冬の部屋着が老けて見える要因って、たぶん“匂い”もある。
実際、洗濯したのにニオう・菌の増殖を抑える洗い方、みたいな記事を読んでると、部屋着やパジャマは汗や皮脂が残りやすくて、対策として抗菌タイプの洗剤や酸素系漂白剤を併用する話が出てくる。


さらに、衣類スチーマーでシワを伸ばしながら脱臭できる、みたいな情報もあって、なるほど、匂いって“見えない老け”なんだなと思った。
匂いって、誰かが指摘してくれることはほぼないのに、自分では気になるし、気になり始めると何もかもが「私、大丈夫?」に繋がる。

だから今日、私は着替えただけじゃなくて、洗濯カゴの底に沈んでた“問題のスウェット”も救出した。
洗濯ネットに入れて回して、乾いたら毛玉を取って、最後にスチーマーをかける――その一連の作業が、正直めんどくさくて、途中で一回「もう捨てよ…」って思った。
でも捨てるって、気持ちよさそうでいて、たまに“自分の手抜き”まで一緒に捨ててしまう感じがして、今日はそれをしたくなかった。

私が欲しかったのは、新しい服じゃなくて、たぶん「手をかけた」という実感だったのかもしれない。
冬って、日が短い分、ちゃんとしてる実感がないと、気づいたら一日が“薄いグレー”で終わる。
今日の私は、薄いグレーのスウェットに引っ張られて、そのまま薄いグレーの気分で夜まで行きそうだった。危ない。

それにね、部屋着が老けると、なぜか未来の不安まで勝手に増えるんだよね。
「このまま何年も、同じスウェットで冬を越すのかな」とか、誰も聞いてないのに、勝手に人生の長期計画が脳内で始まる。
そういうときって、現実の問題というより、“自分の景色”が単調になってるだけなのに。

毛玉とヨレって、ただの劣化じゃなくて“気配”なんだ

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エレベーターを降りて、ゴミ置き場に向かう道。空気が冷たくて、息が少し白い。
その途中で、同じマンションの人とすれ違った。相手はたぶん私のことなんて覚えてない。なのに私は、なぜか「ごめんなさい」みたいな気持ちになった。

部屋着が老ける瞬間って、毛玉とかヨレとか、そういう“物理的な劣化”が目立つとき。
毛玉の取り方の記事を読んだとき、「はさみで切る」「T字カミソリ」「電動毛玉取り」「毛玉取りブラシ」みたいに、ちゃんと方法が並んでいて、正直、生活の教科書ってこういう感じだよな…と思った。
つまり、毛玉って、取ろうと思えば取れる。

だけど、私が今日ショックだったのは、毛玉の量じゃなかった。
毛玉があることを“気にしなくなってた”こと。

毛玉って、私の暮らしの「最近どう?」みたいな質問に対する、無言の返事みたいに見える。
ヨレた袖口は、夜更かしの回数。
伸びた膝は、ソファで丸まった時間。
薄いグレーは、気合いの抜けた朝。

そういう“気配”が、鏡の中で一気に「お

疲れの人です」って札を下げてくる。
別に疲れてないわけじゃないけど、札まで付けられると、急に認めたくなくなるのが人間だと思う。私は少なくともそう。

“外に出ない日”ほど、ちゃんとしたい気持ちが残ってた

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部屋に戻って、ゴミ袋の匂いを手洗いで消して、キッチンのシンクを流しながら、私は自分でも意外だったことに気づいた。
私、外に出ない日ほど、「ちゃんとしたい」って思ってる。

外に出る日は、メイクもするし、服も選ぶし、まあ最低限のスイッチが入る。
でも外に出ない日は、世界が狭い分、鏡の前の自分が“その日の全部”になる。
だから、部屋着がくたびれてると、そこに自分の一日も引っ張られてしまう。

ここで、今日だけの小さな変化。
私は、スウェットを着替えた。
買ったばかりのものじゃない。だけど、まだ膝が出ていない、濃いめのチャコールの上下。トップスは首元が少し詰まっていて、パンツの裾はすぼまりすぎていない。
「薄いグレー×スウェットは避けるとだらしなく見えにくい」っていう話を思い出したのもある。
でも、着替えた理由はそれだけじゃない。

“見られない前提”から、いったん降りたかった。
誰にも会わない日でも、私は私に会う。鏡の前で。
そのとき、今日の私が「まあ…こんなもんでしょ」じゃなくて、「ちゃんと生きてるよ」って顔をしていてほしかった。

それって、自己肯定感の話とは少し違う。
もっと生々しくて、もっと日常的で、もっとしょうもない。
「だって、今日は誰にも会わないし」って自分に言い訳する癖を、少しだけやめてみたかった。

ルームウェアの選び方の記事を読んでいると、「締め付けの少ないデザインがいい」とか、「家事の動作を邪魔しない袖のリブが便利」とか、そういう実用の話がちゃんと書いてある。
ああ、そうだよね、部屋着って“生活の道具”なんだよね、と思う。
道具なら、手入れしていいし、買い替えていいし、整えていい。

午後、洗濯物を取り込むタイミングで、毛玉取り器を引っ張り出して、いちばん気になってたスウェットの太ももあたりを、ほんの数分だけ当ててみた。
それだけで、布の表面がすこし整って、私の気分もほんの少しだけ整った。
すごい変化じゃない。人生が変わるわけでもない。
でも、冷えた部屋の中で、自分の輪郭がちゃんと戻ってくる感じがした。

冬の部屋着が老ける問題って、実は「服」だけの問題じゃなくて、「私が私を放置してしまう速度」の問題なのかもしれない。
放置って言葉、ちょっと強いけど、たぶんそれに近い。

夜、暖房の風が静かになって、部屋の音が少しだけ増える。冷蔵庫の唸り、窓の外の車の音、スマホの通知。
私はまた、ソファに沈みそうになる。明日も寒い。たぶんまたスウェットに手が伸びる。
でも、今日の鏡の顔を思い出したら、私は少しだけ立ち止まれる気がする。

あなたは、冬の部屋着で「あ、やばい」って思ったこと、ある?
その“やばい”の正体って、ほんとは何だったんだろう。

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